国士無双(こくしむそう)〜3
とーとです。
ひさしぶりに、昼間の時間帯に、下書きを作ってます。
秋の空を、雲が流れて行きます。
人は、昔から、この空をながめながら、いろんな思いをもってか、無感動にか、過ごしてきたんだろうなあ。
最近は、春とか秋とかいう期間がとても短くて、すぐに寒い冬が来て、すぐに暑い夏がきてしまうような感じがしています。快適にすごせる期間は短いような感じがします。
さて、韓信(かんしん)という人の話にする。
若い頃は、貧乏で、職業にもつけず、ほどこしをうけて、かろうじて生活していたらしい。
しかし、自分の才能に、誇りと自信を秘めていて、常に剣を手放さなかったという。
あるとき、村の若者にからまれた。
「お前は、いつも剣を持って、強そうなふりをしているが、きっと臆病に違いない。臆病でないなら、その剣で俺を刺してみろ。それができないなら、俺の股の下をはいつくばってくぐってみろ。」
と、挑発された。
韓信は、黙って、挑発した若者の股の下をくぐった。
それ以来ますます、周囲に軽蔑されたがそうだが、意に介さなかったそうだ。
「韓信の股くぐり」として、後世に知られる話になる。
韓信としては、自分の才能に自信があった。だから、貧しい境遇でも、プライドはあったに違いない。
しかし、この時、挑発に乗って、若者を剣で刺していたら、若者の親族などから「仇(かたき)」として、追われる身になってしまう。恥は一時。志は一生だ。そう考えたのだという。
とーとは、この時、韓信は、プライドを捨てることで、なにかが、変わったのではないかと思ったりする。その後の人格に影響を与えたというのは、考えすぎだろうなあと思うが。
プライドを手放す。
「手放す」ということは、そう簡単なことではない。
しかし、手にものをつかんだままでは、新しいものはつかめない。
今まで、自分を支えてきたと信じているものを、簡単に手放せないのが人間だ。
とーとは、心の深い闇について、苦しみについて、他人に相談したことが、何回かある。
ある人に、この、「手放す」ということを、言われた。
「不安を手放す」「執着を手放す」
言われるのは簡単だったが、どうすればそれができるのかは、誰も教えてくれなかった。
座禅でも組めば良いのだろうか?
ときおり、苦しい時に、この、「手放す」という言葉で、実際は手放せてはいないんだけど、少しだけ楽になれる時がある。
あがくだけ、あがいたんだから、その先は、神様か仏様か宇宙か知らんけど、なりゆきにお任せするしかないなあ。
そうして、空を見る。
昼なら雲が流れて行く。
夜だと星がまたたいていたりする。
なんか、歌の歌詞みたいだが‥。
そして、すこしせつない。
「がんばらない」ということは、いつでも手放せるということなのかもしれない。
手放せば、新しいものがつかめるはずだ。
どうすればよいのか、自分でわからないものを、君に教えることがてきるわけがない。
残念だ。
他人に教えられるものではないのかもしれないが、もし、君が先に見つけたら教えてほしい。
今日は、ここまで。