とーと通信

50代後半の父親が息子に語るブログです。よろしければご覧になってください。

国士無双(こくしむそう)〜3

とーとです。

 

ひさしぶりに、昼間の時間帯に、下書きを作ってます。

 

秋の空を、雲が流れて行きます。

人は、昔から、この空をながめながら、いろんな思いをもってか、無感動にか、過ごしてきたんだろうなあ。

 

最近は、春とか秋とかいう期間がとても短くて、すぐに寒い冬が来て、すぐに暑い夏がきてしまうような感じがしています。快適にすごせる期間は短いような感じがします。

 

さて、韓信(かんしん)という人の話にする。

若い頃は、貧乏で、職業にもつけず、ほどこしをうけて、かろうじて生活していたらしい。

しかし、自分の才能に、誇りと自信を秘めていて、常に剣を手放さなかったという。

 

あるとき、村の若者にからまれた。

「お前は、いつも剣を持って、強そうなふりをしているが、きっと臆病に違いない。臆病でないなら、その剣で俺を刺してみろ。それができないなら、俺の股の下をはいつくばってくぐってみろ。」

と、挑発された。

 

韓信は、黙って、挑発した若者の股の下をくぐった。

それ以来ますます、周囲に軽蔑されたがそうだが、意に介さなかったそうだ。

韓信の股くぐり」として、後世に知られる話になる。

 

韓信としては、自分の才能に自信があった。だから、貧しい境遇でも、プライドはあったに違いない。

しかし、この時、挑発に乗って、若者を剣で刺していたら、若者の親族などから「仇(かたき)」として、追われる身になってしまう。恥は一時。志は一生だ。そう考えたのだという。

 

とーとは、この時、韓信は、プライドを捨てることで、なにかが、変わったのではないかと思ったりする。その後の人格に影響を与えたというのは、考えすぎだろうなあと思うが。

 

プライドを手放す。

 

「手放す」ということは、そう簡単なことではない。

しかし、手にものをつかんだままでは、新しいものはつかめない。

 

今まで、自分を支えてきたと信じているものを、簡単に手放せないのが人間だ。

 

とーとは、心の深い闇について、苦しみについて、他人に相談したことが、何回かある。

 

ある人に、この、「手放す」ということを、言われた。

「不安を手放す」「執着を手放す」

言われるのは簡単だったが、どうすればそれができるのかは、誰も教えてくれなかった。

座禅でも組めば良いのだろうか?

 

ときおり、苦しい時に、この、「手放す」という言葉で、実際は手放せてはいないんだけど、少しだけ楽になれる時がある。

 

あがくだけ、あがいたんだから、その先は、神様か仏様か宇宙か知らんけど、なりゆきにお任せするしかないなあ。

そうして、空を見る。

昼なら雲が流れて行く。

夜だと星がまたたいていたりする。

なんか、歌の歌詞みたいだが‥。

そして、すこしせつない。

 

「がんばらない」ということは、いつでも手放せるということなのかもしれない。

 

手放せば、新しいものがつかめるはずだ。

 

どうすればよいのか、自分でわからないものを、君に教えることがてきるわけがない。

残念だ。

他人に教えられるものではないのかもしれないが、もし、君が先に見つけたら教えてほしい。

 

今日は、ここまで。